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前田義寛の「めでぃあ交遊録」

2011年03月20日(日) 17:07

木原信敏さんの訃報が伝えられた(2月13日逝去)。

木原さんは「日本初のテープレコーダー開発者」であり、ソニーの家庭用ビデオ開発の立役者であった。磁気記録に関する技術者としての木原さんは世界初のマガジン式小型録音機、日本初のトランジスタラジオ、日本初の真空管式VTRなど次々とヒット商品を開発、1969年にはカセットタイプのローディング方式による「世界初のマガジン式家庭用VTR」、1975年には家庭用ビデオ「ベータマックス」を開発し「VHS:β時代」を拓いた一方の雄であった。片一方のVHSの立役者といえば17年前に亡くなった「ミスターVHS」こと高野鎮雄さんである。

VHSはβにやや遅れて1976年9月に発表されている。高野さんは戦後まもなく日本ビクターに入り、劇場用のトーキー映写機の開発からスタート、放送機器、業務機器などの分野を経て昭和45年にVTR事業部長に就任、さまざまな困難を乗り越えてVHSビデオ開発を達成、やがてVHSビデオは「高野さんの人柄が多くの人々に高い信頼と共感を得、世界の標準にまで発展」(追悼集『夢中で…』から)した。

高野さんの人間的リーダーシップによってVHSはβを凌駕することになる。たまたま「リーダーシップのちがい」というTV番組で高野さんとマイクロソフトの開発者として知られるデヴィット・カトラーのリーダーシップの違いを学生がディベートする番組を見た。VHS世代ではない学生たちの多くが「夢のあるプロジェクトの達成感を味あわせてくれそうな高野さんの下で働きたい」と発言していた。

日本のビデオ界の巨星、高野さんと木原さん、いま冬銀河に光る。

 

2011年03月05日(土) 11:02

『新潮45』(新潮社)3月号が「伝説の美女『原節子』を探して」という特集を組み、『原節子と北方領土―15歳の“幻”映像』というDVDを付録につけた。 「青い山脈」以来の原節子ファンとしては見逃せない特ダネだ。 内田吐夢監督、岡譲二主演の「生命の冠」という昭和11年封切りの無声映画である。当時15歳だった原節子さんが端役で出演している。舞台は国後島東岸の古釜布というところにあったカニの缶詰工場。経営悪化の中、契約を守るため損をしてでも約束の缶詰を製造し、自らは破産して工場を明け渡すという悲壮な零細企業の物語だ。題名は「爾(なんじ)死ニ至ルマデ忠信ナレ 然ラバ我レ爾ニ生命ノ冠ヲ與へン」という「黙示録」の一説からきているという。その時代の日本人の心意気を描いた作品といえよう。 ところで原節子さんは数カットに登場するのだが、映画評論家の白井佳夫さんは「原節子は現地ロケには参加していない。撮影所のオープンセットに違いない」と断言している。現地の雪景色の中に彼女はいないというのだ。それで思い出したのは、かつてレーザーディスクが出た頃、映画「シェーン」のラストで馬上のアラン・ラッドがだんだん遠ざかっていくシーンを白井さんはレーザーディスクの画像を分析して喝破したものだ。「彼は致命的な弾傷をうけていた。丘の上の十字架は彼の死を暗示している」と。原節子さんが北方領土の土を踏んだかどうかはどうでもいいが、90歳の日本映画のマドンナはいま、鎌倉・浄妙寺隣接の家でどう過ごされているのかが気にかかる。

 

2011年02月20日(日) 08:09

1月某日。

「湘南の若大将」と対面した。といってもステージ上の加山雄三さんのナマを見たに過ぎない。某社の創立50周年記念イベントの取材で、はからずも「加山雄三ライブショー」を堪能したということ。芸能人生50年の若大将は「君といつまでも」から「海、その愛」まで、15曲を熱唱、全国各地から参集した記念式典の出席者を喜ばせていた。74歳とは思えぬルックスと歌唱力は、さすが芸能一筋に生きてきた男のたくましさと情念を感じさせる。若い頃は湘南ホテルに絡む巨額の負債を抱え、悔しさで「掌が血で染まるほど床を叩き続けた」こともあったと、10年前の自分史『終わりなき航路―加山雄三の人生』(世界文化社)に書いているが、いまや加山画伯としてもその作品の市場価値は高いとか。

2月某日。

そごう美術館で「三代徳田八十吉展」を参観した。徳田八十吉(1933~2009)は伝統の九谷焼窯元の三代目で重要無形文化財「彩釉磁器」保持者、つまり人間国宝である。初代八十吉は「古九谷5彩」豊かでな焼き物で知られた陶工だったが、三代はそのDNAを引き継ぎながらも5彩のうち赤を除いた紺、紫、緑、黄の4彩を組み合わせ数百の色を創出、独特のグラデーションで焼成し「煌めく色彩宇宙」を作品として残した。「耀彩」の大皿や壷の見事さに動けなくなったほどだ。加山雄三リサイタルの映像演出は定番の海とヨットのシーンだった。晴れた日、湘南の海岸に立つと、はるか洋上の船影がまぶしい。比べるべくもないが、海浜で拾い集めた私のささやかな陶礫コレクションは藍一色の世界である。私なりにそれは「煌めく宇宙」だと思っている。