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電気のありがたみ

東日本大地震から始まった一連の大規模災害は日本列島全体を震撼させている。特に、福島原子力発電所で発生した事故の連鎖はいまだ進行中であり、楽観できない。今回の原発事故は、東京電力の電力供給能力に致命的な打撃を与えつつある。節電で切り抜けられるものなのか疑問は残る。私たちはいま、「電気のありがたみ」を改めて思い知らされているようだ。

古すぎる話で恐縮ながら、私は青年期に電気産業新聞記者であった。毎年3月25日は「電気記念日」。電気の恩恵をPRする電力会社の施策の一環だ。昭和35(1960)年、電気記念日特集の記事を書くため私は同僚の静 健司記者と北茨城の山奥の「未点灯部落」(当時の呼称)を取材した。「36年の自家発電に別れ。谷間に電気の恵み」というタイトルのルポルタージュを書いた。

この時代、日本全国にはまだ6万世帯もが電気の光を求めていた。取材した楊枝方という集落の人たちは涙を流して電気の光を仰いだ。半世紀も前の取材の記憶はいまも鮮明だ。原発事故で思い出すのは、1998年にデザイナーの長岡貞夫さんが九州電力川内原子力発電所建屋の外観の「環境共生デザイン」を担当したときのことだ。地域の環境になじむ建屋外装の色とデザインを「信頼と親和」というコンセプトでまとめたコピーを書いた。いま、福島原発ではまさに「信頼と親和」が破壊されている。原発事故は現代が電気文明社会であり、その30%が原発に依存していることを知らしめた。ゆれる電気文明のなか、問われるのは人間の「信頼と親和」の生き方だろう。