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希望の松

東日本大震災1カ月後の現地を取材した。
いわき・小名浜・塩竈・松島・陸前高田の各被災地を回り被災状況を見聞してきた。「百聞は一見に如かず」のとおり、目で見て肌で実感した現地の惨状は想像を超えるものだった。

「町が消えた」南三陸町の佐藤 仁町長の発案で始まったという「思い出探し隊」。流失した町民の写真アルバムを回収し、泥だらけの写真を水洗い、乾燥してボードに張り出す。家族の写真を見つけて喜ぶ人たち。同じことを仙台・若林避難所で見た。七五三、成人式、結婚式、旅行など家族の記録が並んでいる。写真の主が無事であってほしい、と祈らずにいられない。

市中に流失・漂流したLPガスボンベの回収作業に明け暮れた伊藤忠エネクスホームライフ東北の武田さんの話に、地域のエネルギー供給業者としての使命感を感じた。加賀電子仙台営業所の佐藤さんは、山田港で殻つき牡蠣など水産物輸送業を営む実家が流され、この町に住む友人数人を失った悲しみをこらえて笑顔で語ってくれた。激甚な災害は人それぞれの「3・11物語」を作り出している。自分史活用推進協議会の池中万吏江さんは「災害の体験を、自分史を書くことでぜひ残してほしい」という。復興に向けた動きが見えてきた。東北復興構想会議の特別顧問梅原 猛さんは「東北人は縄文時代から日本の文化の源流を担ってきた。新しい東北の歴史を築いてほしい」と語っている。

陸前高田海岸にたった1本残された松は、災害で亡くなられた方々の”鎮魂の樹”であるとともに、これから始まる東北の未来への”希望の松” となった。